同じ金額を支払うにしても、、だな。

毎月のお給料日。

指折りカウントしては、楽しみで待ち遠しかった。


生活するにはもちろん、美容室やエステに行ったり、洋服や化粧品を買ったり、友人と食事に行ったり、

自分の楽しみのために使えるお金だって、今と変わらないくらいきちんと頂いていたのにも関わらず、


何だか足りない、お金に対していつもそんな気持ちが強かった。



5月。

前月がちょっとおヒマだったこともあり、手取りはいつもよりちょっと少なめ。


率直に申し上げれば、

『今月大丈夫かな』と正直不安だった。


でも、結局は大丈夫。

むしろ残ってる。

私のお財布には現金で数万円。

次のお給料日まで一週間弱、暮らしだけにかかる費用はあと5000円ほど。



月末前に妹から貰う、家賃+光熱費。

完全折半にしているので、変動する光熱費を計算して家賃と合わせると毎月3万円程。


この『3万円』を、最近の私はころっと忘れる。


忘れる、というよりは、

なかったものとして、全てを自分のお給料で先に賄うことが意識と行動の習慣になった。



昔の私だったら、自分のお給料のちょいあとに、妹からの生活費と言う名の+αな収入が入ってくるぜ、的な気持ちで、

それ以外の自分のお金はお小遣いにして好きに使っていた。


そして、家賃引き落としの前々日くらいから、早く支払いしてよ、早くお金ちょうだいよ、と妹に催促。


話としては、別におかしくもなんともない。


『家賃や光熱費の引き落としは◯日で、

一人頭◯◯円の支払いです。』っていう決まり事なのだから。


だからむしろ、この期日までに私に支払いしない妹の方が悪い、とさえ思っていた。


いや、実際はほんとそうなんだけど(笑)



だけど毎月、毎月、

私は妹に『今月の分ください』と言うのが、ストレスでしょうがなかった。


支払うべきお金。私が正当に受け取るべきお金とはいえ、それを人に催促をするのは、何というか、すごくしんどい。


これと同様で人に貸したものを『早く返して』って催促するのも嫌いだ。。。




引き落としの口座に家賃や光熱費の金額を自分のお給料から入れ、残ったお金でやりくりする、という習慣が根付いてから、まずそのストレスがなくなる。


そして、こういうやり方にすると、当然だけれど、妹からの毎月3万円弱は丸々浮くのだ。



一緒なんだけどね。


妹からの支払いを貰ってから家賃を払おうが、


先に自分のお給料から天引きしてようが、


暮らしの支出は1円たりとも変わらないのに、、、、。



私は妹からの支払いが遅れても、もうイライラしなくなる。


妹は姉から催促されなくて済む。

(期日を守るという大人のマナーについてはさておき。)




なんなんだろうね。


支払うものは支払うっていう事実は、

1ミリも変化してないのに。


効率とかをあげていくなら

年下のNちゃんとランチしている時に、ふと話題にのぼった、


『どうやったら自分のスケジュール管理やタイムマネージメントが上達するか』問題。


Nちゃん、フリー転身してからというもの、その人柄も手伝って各所方面からひっぱりだこで、抱えている案件が整理しきれなくなってきているらしく、


その場ではどこかにメモをしているのに、いつも使っているスケジュール帳に落とす暇がなかったり、落とし込むこと自体を忘れることもあるそう。


私はどうにもこうにも感覚的に動いてしまう癖が強すぎて、論理的に、言語化して説明、がこれまた難しく、これを機にちょっと考えてみる。




①メインのスケジュール管理ツールは1つに絞る。


私はスマホ一本。

なぜなら仕事で肌身離さず持っていて、確認が容易だから。


ライフベアのスケジュールアプリと自分一人のグループライン(メモ用)の両刀使い。


スマホも手帳もタブレットも、なんて、あんま意味ないと思うし、漏れ抜けの原因。


女子はすぐスケジュール帳を買いたがる傾向にあるが、使いこなせないなら(アポや〆切を飛ばすくらいなら)、使わなきゃ良いと、思うのだけれど、この言い方は少し乱暴かもしれぬ(笑)


あと、どこにでもメモすりゃ良いってもんでもなく、『このアプリに落とすのが、最終地点!!!』とでも自己暗示かけた方が良いし、


メモ魔なら、必ず仕事の最後に落とし込むべきメモがなかったかなどの確認はするべき。

私にとってのそれがグループラインメモ。



②Todoリストは作っても、優先順位は常に変動することを理解しておく。


リスト作成しただけで満足しちゃって、その後の流れに反映されてなきゃ、意味なし。


真面目に上から順番に取り組むとか、ナンバリングしていて頑なにそれを崩したくないとか、そういう自己満足は意味不明&不要である。



①②で思うのは、メモ書いたり、リスト書いたり、その『書いたりしてるだけ』の作業が好きな人っていうのは、案外多いということと、それを本人が自覚してないということ。


成績伸びてないのに、ノートだけをひたすら綺麗に作る人によく似ている。


仕事の効率化が図れなかったり、予定を飛ばしたり、結果にコミットできてないという事実があるのなら、メモもスケジュール記入も(単なるツールで過程)、私にとっては意味ない、としか思えない。




③工夫をし続ける


簡単なやり方、

手数の少ないやり方、

時間のかからないやり方、

自分がもっと楽になるやり方、


まずはルーティンの仕事から考える。



④やり方を変えると失敗したり時間がかかったりするかもしれないけど、投げ出さずに何度もトライして、新しいやり方に慣れていく。



⑤その後は③と④の繰り返し




私の考えでは、もっと良いやり方はないかな、と常に更新する頭を持つことだと思う。

私にとってのミニマリズムとは、こだわりが少ないこと。

ジムに行く日の話。


ウェアやタオルと共に、お風呂セットがあるとそのままジムの温泉を堪能できる。

そこで私がポーチに忍ばせるのは、
椿油(小瓶)
ちふれの美容液(小瓶)

以上!!
シャンプーもリンスもボディソープもお風呂場にあるものをありがたく使わせて頂く。

ちなみにメイク落としも椿油
なじませたらティッシュオフするだけ。


女子ってだけで、お風呂に一回入るのって、オオゴトなんだなって、お隣でドライヤー使ってるお姉様方を見ていて思う。

メイク落とし
シャンプー
トリートメント
ボディソープ
ボディタオル
化粧水
美容液
乳液
髪用美容液

更に自前のドライヤーや、美顔器コロコロをお持ちの方も多数。


これに加えて、スポーツウェアとタオルとシューズもね。

みなさん、ほとんど、大荷物でジムに入ってくる。


そのバック、旅行何日分ですか?
(私にとっては1週間分くらいか)



私、毎回その量の荷物持つなら、多分ジムは続かないわ。。。

私は根クラよ。

基本的に私は人見知りだ。

特に20代〜50代の異性にはこの人見知りの性を遺憾無く発揮する。

今の仕事はこの『20代〜50代の異性』ばかりの環境なので、うっかり修行中の身。

がしかし、まったくもって治る見込みはない。


更に私は根クラを自称している。

1番好きな場所は自分の布団の中、次点で本屋。

1番好きなことは寝ること、次点で読書。

出歩くと言ったらパーソナルトレーニングかジム。一人で黙々とマシンを使っている。

レーニングに行くようになって、お酒を飲むことと遊びに出ることがますます減った。


どうだ、根クラだろう。(ドーン)


みたいな自己紹介風の話をすると、

そんなふうには見えないと、わりと仲の良い人に驚かれることもある。


一応良い歳してるし&職業柄&無駄に社会性が高い?強い?ので、別に表面上ではソツなく会話することくらい簡単なのだ。


そして、根アカ、リア充、キラキラ系(笑)の人種とお近づきになりやすいのが特徴である。


人種違いも甚だしいとは思うが、コミュニケーション能力の高い根アカはこっちの人見知り具合や根クラ具合をあまり気にも留めずにグイグイと話をリードしてくれるし、またテキトーな聞き上手。

そして万が一、相手の一方的な話に終始したとしても、それが私にとっては楽でもある。


根クラはけっこう気にしいなので、相手が退屈してはいないか、この話題でも大丈夫か、などぐちゃぐちゃ余計なことを考えてしまって、ますます世間話に花が咲かなくなる傾向が強いのだ。


根アカと根クラの最大の違いは体力だろう。


ヤツラにうっかり一日でも付き合うと、ありったけの、そしてなけなしの体力を使い果たしてしまい、その後2日くらいは普段の生活に支障をきたす。それが私だ。


仕事の旧価値観をとことん考える夜。

美酒と美食と戯れる、定例会。


いつも伺ってたイタリアンF(仮名)が日曜定休になってしまったので、

新しいお店開拓で訪れたカジュアル日本食のお店にて、


N氏、仕事の愚痴が止まらぬ。


しかも慢性的寝不足がたたって、

締めのスキヤキの段階で爆睡をかまし

若い大将にものすごく心配される始末。


お、おめーーー。

同業者だろーー!恥を知れ恥を。


酒に溺れたと勘違いされ、

つめたいおしぼりりとお冷持って来ましょうか?と聞かれたが、


いーえー。この人ただほんとに眠いだけなんで気にしないでください、と愛想良く対応するしかないオレ。


オシオキとして、スキヤキは全て私の腹の中へ。

ついでにグラスの赤も一人分追加。

ついでに心配かけさせた大将に対してせめてものお詫びとして、デザート食べるわ。


この女、ほんとに良く食うよなぁ。

連れ潰れてんのに。。。と、初対面の大将の控えめな視線を感じた。



N氏、、、。

週一の休日だってーのに、

早朝に一度仮眠して、

昼過ぎまで仕事して、

夕方〜翌12時の正味20時間しか自由時間がないのだから。

そんな生活がかれこれもう2年。


本人の好きなことで、

それでもやりたいっていうんなら、私の反応もまた違ったかもしれない。


だけれどN氏の口から出てくるのは、

仕事時間への不満、

何もフォローのない上司への不満、

新人がまるで続かないことへの不満、

そして全てを自分で背負い込むしかない現状への不満、

その割に見合ってないお給料(笑)


不満不満不満愚痴愚痴愚痴のオンパレード。


やばい。

漢字を羅列するだけで何だかグッタリする言葉だ。





私もそろそろ気分良く、美酒に酔いしれたいのだけれど。。。


申し訳ないのだが、N氏の愚痴を聞くことは、私の中のToDoリストには入っていないのだ。



というわけで、

『小さな飲食店構想』を食後のお茶の時に小さく、やんわり、提案してみた。


カウンターのみで10席以下のさー、

あ、6人くらい入れる個室は一個あっても良いかもね、


料理人1人、お運び1人で回せるくらいのキャパでどこか居抜きの店舗探してさー、

場所はあえて天神西中洲外してさー、

定休日は日水で確定してさー、

15時〜21時のちょっと変わった時間帯にしてさー、


盆暮れもしっかり店閉めてさー、

オール予約のみで対応してさー、

取材は全部お断りしてさー、

超高飛車経営にしてさー、


ビールはサッポロ入れてー、

日本酒とワインはちょっとしっかりめに入れてさー、

あ、接客?私がやれば良いじゃん??


ねーねー、ほんとにそんなお店できたら、

あなた毎日どう???



私は大変ワクワクしますがね。



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どんなに好きな職種でも、得意なことでも、

働く環境ってやっぱり大きくて、


そこが揺らぐと情熱はあっけないほどに冷めることを、私は知っている。



同じような経験をして、気付いて、こりゃダメだと実感して、

仕事との付き合い方を変えたら、

同じことをやってる毎日も変わったから、すごく良く分かる。


のN氏の、やり場のない&行き場のない気持ち。



今ここにいる自分がどんだけ気分が良いかにとことんファーカスが当たると、

愚痴ももうあんまり出てこなくなって、

むかつく人ももう正直どうでも良くなる。

仕事できないバカとか、ほんとどうでも良くなる。


そんな自分の過程を知ってるからこそ、

何でN氏はここまで自分を殺して、愚痴を吐き続けながら、やっているんだろう、と。


旧価値観での働き方を貫く先に待ってるものが、ほんとにN氏の欲しいものなのか。


ちょうど良いから、考えてみたら良いと思う。


そこに探し求める答えはあるのか、

それによってN氏は救われるのか、

私には分かんないけど。。


ただ、N氏が死ななければ良いなと、思う。




強風が吹き荒れる春の夜、

そんなことを思いながら頂く赤ワインは、

ちょっと大人の味で渋かった。


失敗するチャンスを奪ってはいけない

先日、母とちょっと良い焼肉を食べに行きました。


鹿児島黒毛和牛のお店で、モダンな雰囲気が気に入って、プライベートでたまに使うところ。(主に人様からのゴチで)


田舎娘なので、焼肉といえば『タン!ロース!カルビ!』しか知らなかった。



接待で個室の焼肉屋を使うこと(そしてそこでは女性店員が付きっきりで肉を焼いてくれる)、

そこではワイン代抜きでも一人の単価が1万以上であること、

赤身の部位にシャトーブリアンやイチボ、ランプという味わいの異なる(そして値段も全然違う)お肉があるということ、

お肉は一切れずつ(1枚、ではないのだ。ステーキカット。)炭火で焼きレアで頂くこと、

タレも美味しいけれど、わさび&塩で頂くとますます美味しいこと。



福岡に来てから、しかも自分が働き始めてから知ったのだ。




サラダや焼き野菜、それに私セレクトのお肉を何皿か頼み、最後は母が大好きなサーロインの焼きすきを頼もうとメニューを開くと、


『福岡の高級焼肉屋さんで出てくるカルビをどうしても食べてみたい。』と。


そうだね。知らないと分からないかもしれないね。だから説明させて。


『良い肉のカルビというものは、サシがとてつもなく強くて、自分たちが普段食べている安いカルビとはワケが違う。今これだけ食べたあとにカルビなんて焼いたら私は間違いなく胸焼けを起こす自信しかない。』と。


それでも、高いカルビがどんなものか、どうしても一目見たいと言うので、心優しい私は、1番高い特選カルビを注文。


この一皿でグラスワインあと何回かお代わりできたのに。く。。。


で、焼いて食べさせたわけです。


したら、たった一切れ食べただけで、

『うわっ!すごい脂!!もう嫌!もう無理!お母さんもう一切れもいらない!!』



残りの5切れ、私が美味しく頂きましたけど??

唇がだいぶテラテラになりましたけど??




良い肉の特選カルビというものを見たことも食べたこともない母がいて、


見たことも食べたこともある私がいて、


経験のある私はそれがどんなものかを分かっていて、締めに注文するには重すぎることも分かっていて、説明はするのだけれど、


経験のない母からすると、いくら私の話を聞いてみたって、一度は見たいし食べたいし、きちんとした『経験』をしたいんですね。


それが失敗になったとしても、経験をするという経験がいるんですね、人には。

失敗するだろうという前提はあるけど、もしかしたらその前提を覆すことがあるかもしれない。それはやっぱ食べてみるということを実際に経験してからじゃないと分からない。

食べてみたら、実はめちゃくちゃ好きかもしれない。



この高級特選カルビうっぷ事件で私が思ったのは、



『失敗するかもしれないこと』を、無理に止める必要はもしかしたらないのかな、ということ。

かつて子どもだった私を含む大人の方へ。

産んだことも、育てたことも、まだないので子育てのことはまるで語れませんが、


ただ、大人になって色んな人の話を聞いたら、つらつらと幼少期のころ思ってたことを、何となく思い出した。


結局は、

どんなに良いと言われる子育てやってても、他でもない子ども本人からのクレームは出るらしい、ということ。

だからお母さんの立場の人は、あんまり深刻に悩まなくても良いのではないかと思う。




例えば私について。


私は自立心も強くて、真ん中っ子ということもあり割と何でもソツなくこなす子どもだったので、勉強しなさいとか、習い事の練習やりなさいとか、明日の忘れ物ないの?とか、親からうるさく言われた記憶がほとんどない。


私の自主性をすごく尊重してくれて、

やりたいこともほとんどやらせてくれて、

のびのび毎日遊ばせてもらって、


ここまでだったら、ほんとうに素敵な親。

感謝してる。



が、子ども心に思ってたことが私にはあった。



満点のテストを持って帰って来ても、親の反応は『あら、そう☆』くらい。

家事の手伝いをしていても『あら、ありがと☆』な親の反応。



が、これを兄がやるとですよ。


『お兄ちゃん!!100点取って来たの?!すごーーーーい!!これ額に入れて飾らなきゃ☆お父さんが帰って来たら見せなきゃー☆』


『え!この洗濯物、お兄ちゃんが畳んでくれたの?!ありがとーーーーーー!!すごく嬉しい!お母さん感動しちゃったー!』



いや、良いんだけど(笑)

同じ結果を持って帰る私の幼心の、ちょっと複雑な感じ、分かるかしら。


正直、『私も同じくらい褒められたい』ですよ。

毎回毎回、くどくても良いから、それくらい褒められたい、、、。


という感情も小学生くらいで消失し、やるべきことを淡々とやる可愛げのない思春期に突入した記憶。


(なので私には愛嬌や愛想がない。)


私は私で、やればちゃんと褒められる兄が羨ましいと思い、

兄は兄で、親からあれしろこれしろと煩く言われない妹がとても羨ましいと思う。


この、何とも言えない『無い物ねだり』感よ。



また、『あなたはしっかりしているから』と言われて育った私は、


その分、一人で何事もやりとげなければ&失敗はできないというプレッシャーと、

ちょっと迷ったり分からなくても、大人の誰にも相談がまるっきりできない、


一人で抱え込む性質をゲットした。


『できて当たり前』がスタンダードになると、それ以下の結果を出すことは許されない。(あくまで自分の中で)


結果、社会人になってから

・できないと言えない

・問題に直面しても相談できない

・何でも一人で解決しようとしてしまい、ドツボにハマる


という、まぁ社会人一年生にしてはありがちな、それでもちょっとトホホな人間性を炸裂させ、自分で何とか改善させていくしかなかった。


逆に、仕事にミスをやりがちな子や、締め切りを守れない子が、持っている愛想と愛嬌を総動員させ、怒られながらも『もー。しょうがないなぁ。』と笑って済ませてもらえるところや、

これはこうして、こうやって、できたね!すごいね!と手取り足取りレクチャーを受け、その上褒められてるのを見て、


ちょっと子どもの時の気持ちを思い出したりして。


こじらせてますね。


私は、ソツなくやってる訳じゃ全然なくて、

努力して時間も頭も使って、自分で思う最高の結果を出していこうと、一応は頑張ってるのだけど、


あなたは何でもできるから、の一言で片付けられちゃうんだなぁと、ちょっと淋しく思うことも昔は多々あった。


大人になるとこれ見よがしに人から褒められたい、とかはなくなるけど、

それでもちょっとは裏の努力に目を向けて欲しい。


だけど、実際、裏の努力を人に見せるということは、私が嫌い。



それに、これは私の妬みも少しはあるので、確実ではないのだけど、


上司や先輩に可愛がられる人って、ばりばり仕事ができるか?って言われたら、案外そうでもないことが圧倒的に多い、ような気がする、ほんとに。

その分、持ってる愛想や愛嬌の強さが半端ない。



また、人を取りまとめる立場になってみると、自分のことで怒られるってことはほとんどなくて、

自分が知らない内に起こったスタッフのミスや、スタッフの粗相について、教育&監督不行き届きだ、などと理不尽にいきなりガツーーンと怒られることが増え、


人から怒られることがほとんどない幼少時代だった私は、

人からの悪意や憎悪や苛立ちを正面から受けることに不慣れで、まずは人が大きな声で怒ることにビックリ、そして言われている私は怒られている事実がとても恥ずかしく感じ、

更にマジで内心で『知るかクソ』と思っていたことをココでこっそり吐き出してみる(笑)



愛情たっぷりやってきた子育ても、

子の私からすると、


①大切な選択の時は、もっと寄り添って話合いする機会が欲しかったなぁ


②『何でもできる』の一言で片付けずに、実は影でやってる努力を見てて欲しかったなぁ


③たまには大人の理不尽な怒りをぶつけて、免疫付けてて欲しかったなぁ


と、ほんとナニサマ?!なんですけど、

もちろん親には感謝しかないんですけど、

それでも、こういうふうに思う結果ってのはあるんです。


でも逆に①〜③をいつもされていた子どもからすると、親から信頼されてないとか、干渉が過ぎるとか、また反対の意見が出てくるんでしょう。


(私の兄がまさしく、、、)


私が親と同じ立場になって、同じようにできるか?と言われたら絶対できる自信もないし。



こういう似たような話を最近よく聞くし、実際自分の親からも聞くし(笑)。

親(私からすると祖父母)の子育てのクレームを、実の娘に聞かせるのもどうなのって感じだけど。

なかなかオツです。



答え。

子育てに正解なんてものはない。


ってことでよろしいんじゃないでしょうか。


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だから、あんたがいつか子どもを持って、

その子が大人になった時に、


『あの時はこういう風にして欲しかった』って、きっちりクレーム入れられなさいよ、ってことです。


そういうふうに、人類は子孫を残していくのですね。