『私』に合わせた働き方

2018年早々、地味な変化あり。

このたび社員からバイトへ。



一言で感想を述べるなら、


『毎日がほんとうに楽だ☆』






ざっと計算したところ、


今月働く予定はたったの20日、

平均8.5時間労働だけれど、

4時間で上がることもあって

まじで忙しく14時間通しで働く日もある。


社員時代より100時間少ない実働で、

手取りはほとんど変わりなし。



こうなるまでには、


泣きながら現状の不満をぶちまけた日もあって、

やっぱ言っても分かるわけないと勝手に諦めて、

翌日投げつけようと退職願を書いた日もあった。



でも、今回ばかりは、


何か不平不満でも、泣き言でも、ネガティブ満載でも、


私なりの言葉で上司にちゃんと向き合って伝えたい感がすごくて、

休日にわざわざ上司に時間を作って、泣きながら笑いながらつたない私の話を聞いてもらった。



不平不満とか言っちゃったけど、実はうすうすと感づいてた。


月に300時間近く働いてることも(さすがに毎月ではなくて特に繁忙期)、

早く帰りたいところ、人件費削減のためなら私が残って他のスタッフを上げなければとカリカリすることも、


こんだけやってるのに、なぜ手取りがこれだけなんだよと不貞腐れてることも、


結局それも、全部自分が選んでいるということ。

誰かに強要されたわけではなく、社員だからこうやらなければという一種の固定概念に囚われていること、またその囚われるということさえも実は自分の選択であること。


大げさなんだけど、なんだかもう、見て見ぬ振りはできなかった。


自分の暮らしがどんどん豊かではなくなって、文化的ではなくなっていく様。





私は、年齢的にはまぁ立派な大人なんですが、


親や先生や上司という目上の人に対して、しっかり自分の気持ちを伝えるということをあんまりしてこなかったので、



(言ってもわからないだろうなぁ。変わらないだろうなぁ。じゃ、言葉を尽くすだけ時間の無駄だなぁ。と、ほんと勝手に諦めるバカヤローな性格だった)



子どもの頃から苦手で飛ばしまくりだった問題集を、今大人になってドドーンと突きつけられたような感じがして、

(科目で言えば数IIIか?)


(しかも逃げ回ってた分、その問題集のレベルアップやページ増幅感も半端ない)


ここでやり抜かなければ、職場を変えたところで、付き合う人を変えたところで、もうこいつからは逃げられない。


ならば今ここでやりきる。

という腹をくくる。


そんなこんなの2017年夏だったのです。




そこからはトントン拍子に話が進んで、


じゃあ物理的に自分の時間を作るためには、もう社員の立場では難しいのできりよく年明けたらバイトにしてね、と。




いきなりぽんと時間が空くと、

意外と何やって良いのかわからずにただただぼんやり過ごしてはいますが、



だからこそ、

床を磨いてみたり、

お布団を干してみたり、

取れない水垢と格闘してみたり、

ずっと作りたかったキッシュを焼いてみたり、


なんか、、


そういう普通の当たり前なことを、集中して楽しんでいる日々で、たぶん、私はこういうことをずっとちゃんとやりたかったのだな、と思っている。